まほらの天秤 第12話


黒い背中が、迷うことなく森の中を駆け抜ける。
その足取りで、彼がこの場所に長く住んでいる事がわかった。
黒いコートが風をはらんで後ろへと流れたことで、彼の細い脚が視界に入る。
相変わらず細いな、ちゃんとご飯食べてるの?と考え、思わず苦笑する。
君は一人でここに居るの?
誰かと一緒に暮らしているの?
実は普段屋敷にいるけど、僕が来たことで屋敷には来れなくなった?
それとも反対に、屋敷の人から嫌がらせを受けたりしている?
今も変わらずナナリーが大好きなお兄ちゃんなのかな?
何か困っている事無い?
聞きたい事が頭の中に沸いては消える。
残念なことに彼は逃げるのに必死で、話しを聞ける状況では無く、鈴の音で位置を知られるのが嫌なのか、駆けている彼から鈴の音は消えていた。
そもそも、その鈴は何なんだろう?
クマ避けかな?
それにしては、随分と綺麗な音だけど。

「ねえルルーシュ、ねえってば、何もしないから、落ち着いて話さない?」

いくら地の利が彼にあったとしても、山育ちでかつての彼より体力があったとしても、所詮ルルーシュはルルーシュ。
ルルーシュにいくらか体力が付いた所でたかが知れている。
僕に勝てるはずがない。
だから、あっさりと彼に追いつくと、そのすぐ後ろにつき、彼の走る早さに合わせてから声をかけた。

「言っておくけど、君がいくら頑張っても、僕には勝てないよ?」

既に息が上がって限界の見えている彼は、それでも僕から逃げようと、無理にその速度を上げたのだが。

「あっ!危ない!!」

彼の運動神経で、その能力を超えた動きをしたらどうなるか。
しかもこんなに足場の悪い山道の上り坂。
当然の結果として、彼は足をもつれさせ、前のめりに倒れた。

鈴の音が、ちりんちりんと大きく響く。

「はぁ、もう、危ないなぁ」

もちろん、地面に倒れる前に抱きとめた。
彼は予想以上に息を乱しており、全身で荒い呼吸を繰り返していたので、僕は彼を支えながら「ほら、そこに座ろう」と促した。
視線の先には朽ちた倒木。
限界を超えたのか、逃げるのを諦めた彼は頼りない足取りで倒木に向かい、大人しく腰をおろした。俯きながら荒い呼吸を繰り返している為、フードとお面の隙間から、チラリと黒い髪が覗き見えた。あの頃と変わらない錦糸のような黒髪。支えた時に触れた彼の体も、念のため捕まえている彼の腕も、記憶と変わらない細さだった。
うん、間違いない。
間違いなく、ルルーシュだ。
僕にとっては息を乱すほどの距離ではないが、彼にはかなりの運動量だったようで、いまだに苦しそうに呼吸をする姿に、悪い事をしたなと罪悪感が湧き上がる。
並走して追い詰めてしまうより、さっさと腕を取って走るのをやめさせるべきだった。
その背をさすり、暫く様子を見ていたのだが、どう考えてもその狐のお面が呼吸を邪魔しているようにしか思えず、もうルルーシュだとばれているのだから外せばいいのにと、僕はその白い狐のお面に手を伸ばした。

「枢木!やめんか!」

思わずびくりと体をふるわせた後、僕は慌てて手を引いた。
みると、僕たちを追ってきたのだろうダールトンが、若干息を乱した状態でそこに居た。

「ダールトン先生」

ルルーシュを追う事ですっかり失念していたが、ダールトンが一緒に居たのだった。
ダールトンは知っているのだろうか、彼がここに居る事を。
悪逆皇帝と呼ばれた、その彼の生まれ変わりがいる事を。
返答によっては、と、考えていたのだが。

「枢木、悪いがその子を離してやってくれんか?陛下からこの森に住む許可を得ている子だから、捕まえる必要はない」

暴力はいかんぞ、暴力は。
スザクを咎めるようなその口調に、心配は杞憂だったらしいと安堵する。
ダールトンは敷地内に不法侵入した人物を、スザクが追いかけて捕えたと思ったらしい。そして手を伸ばしたのは、制裁を与えるためだと判断したようだ。

「え?あ、いえ、別に僕は彼が許可なくここに居るとは思ってません。えーと、彼、ルルーシュ、ですよね?」

僕ってそんなに暴力的に見えるのかなと若干落ち込みながらも、念のため確認すると、ダールトンは目を見張り、視線を僕から彼に移した。

りんりんと涼やかな音が響く。

「・・・いや、彼の名はルルーシュでは無いが?」

ダールトンは暫く考え込んだ後、そう口にした。

「え?」
「ルルーシュと言うと、悪逆皇帝と言う事でいいのかね?」

確認するように、尋ねてきた。

「そうです」
「すまないが、陛下のご子息に、ルルーシュと言う名の者はいない」

そこまで言われて、ああそうかと僕は納得した。
ルルーシュはイコール悪逆皇帝。
それは忌名となり、親が子へつけてはいけない名前とされている。
ましてや生まれ変わりの彼に、その名を与えるはずがない。
彼に良く似合った名前だったのにと、残念に思うが仕方のない事だ。

「では、彼の名前は?」
「すまないが、私もよくは知らないのだ。それよりも、驚かせてしまってすまなかった、君はもう帰りなさい」

ダールトンのその言葉に、彼はちりーんと鈴を鳴らし立ち上った。
息はまだ荒いようだが、少し休んだことで足取りは確かなものになっていた。

「あ、ちょっと待って。すみません、僕は彼と少し話をしたいのですが」

この山に住んでいる事は解ったが、ここで別れたら探すのが大変だ。
今のうちにせめて名前と、住んでいる所を確認しておきたい。

「ね、僕と少し話をしようよ?」

にっこりと、安心させるよう笑いながら言ったのだが、彼は拒絶するように、僕が掴んでいる手を振りほどこうとした。

りんりん、とそれに合わせて鈴もなる。

その鈴の音に、先ほどから僕は妙な違和感を感じていた。
何と言っていいか解らないが、なにかおかしい。

「枢木、離してあげてくれ。そもそも、君がその子と話す事を望んでも、それは無理な話なんだ」

困ったようにいうダールトンに、彼はハッと顔を向けると、首を横に振った。

それに合わせ、りんりんと鈴が鳴る。

「だが、説明しなければ、枢木も納得しないだろう」

彼は再び首を振る。

りんりんという鈴の音と共に。

ダールトンは困ったという顔をして、スザクを見た。

「枢木、ユーフェミア様がお前を探している頃合いだろう?一度屋敷へ戻った方がいい」

やわらかな言葉とは裏腹にその声は厳しく、それは命令だった。
ここを立ち去れという、命令。
彼は首を縦に振り、同意を示す。

りん、と鈴の音が響いた。

「・・・解りました」

これ以上無理を言っても意味はない。
この周辺に居る事が解っただけでも良しとするべきだ。
山の中なら彼の行動範囲は狭いに違いないから、あとは地道に探せばいい。
僕は彼から腕を離すと、彼はすかさず僕と距離を取り、こちらを警戒しながら今来た道を駆けて行った。
彼の背が視界から消えるたのを確認し、僕は視線をダールトンへと戻した。
そして、今感じていた疑問を、ダールトンへとぶつけた。

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